最新情報-笑顔の広場-ドクター岡田の健康談話室

コロナ禍における現在の問題点と今後の見通しについて

コロナ禍における現在の問題点と今後の見通しについて

 

日本血管内治療学会 名誉理事長   岡 田 昌 義

 

現在、東京や大阪を中心に緊急事態宣言が発令されている。今や、医療現場では懸命の治療が続いている。マスク着用や外出自粛、三密(密閉空間、密集場所、密接場面)と、とくに他人との距離(2m)をとることが、新しい日常となってきた。また、会議や食堂などでも、アクリル板を立てて、人との距離を離しても感染は収まっていない。

本日(5月8日)の新聞によると、日本では感染者数 628,875 人(死亡者10,773人、死亡率1.7%)となっている。また、全国で上位6位までの感染患者数を見ると、第1位の東京では感染者144,441人(死亡者1,909、死亡率1.3%)、第2位の大阪では、感染者87,715人(死亡者1,655人、死亡率1.9%)、第3位の神奈川県では、感染者55,093人(死亡者831人、死亡率1.5%)、第4位の埼玉県では感染者39,304人(死亡者748人、死亡率1.9%)、第5位の愛知県では、感染者35,704人(死亡者646人、死亡率1.8%)、第6位の兵庫県では、感染者34,361人(死亡者764人、死亡率2.2%)となっている。また、死亡率は、1.5~2.2%であり、あまりこれらの間に有意の変化はみられないのである。

さて、この新型コロナウイルスに感染すると、37.5℃以上の発熱が持続し、咳や痰が出て、嗅覚や味覚に変調をきたすものである。このような種々の症状がみられ、この後のPCR検査をすれば、陽性と診断されるものである。ところで、今コロナ禍において、有効なワクチンが普及している。すべてが、外国製であるが94%以上に効果がみられている。1バイヤルには、ワクチンの原液が0.45ml入っており、これは-70℃に保存され冷凍されているものであり、これを通常室温に置けば30分以内に常温で液状になり、これを生理的食塩水1.8mlで溶解して、一人0.3mlを肩の筋肉内に注射するのである。1バイヤルに、6人分の注射ができるようになっていえる。

このワクチンを私も受けたのであるが、注射した日には、筋肉痛はなかったのであるが、2~3日目には少し痛みが持続したのである。この痛みに対して鎮痛剤を服用することはなかった。この日から3週間後に2回目の注射を行ったが、やはり注射した部位に痛みがあったが、全身倦怠感が2日にわたり見られた。

日本でも今やワクチンの注射が医療従事者や高齢者から順に行われているが、今年の9月末頃には一般市民も2回目のワクチン注射が行われるようである。この2回目のワクチン注射が行われ、その後にはマスクを着用しなくても良いほどに世の中がかなり緩やかになるものと思う次第である。

ところで、最近の厚生労働省からの報告によると、第1回目と第2回目のワクチンの注射を行った副作用を見ると、37.5℃以上の発熱が、1回目/2回目、で比較すると、3.3%/35.6%, 38℃以上の発熱は、0.9%/19.1%, 接触部の反応、92.9%/93%, 発赤13.9%/16.0%, 腫脹12.5%/16.9%, 硬結10.6%/9.9%、熱感 12.8%/16.6%、痒み7.9%/10.4%、倦怠感23.2%/67.3%、頭痛21.2%/49%、などとなっている。このように何らかの副作用が確認されているが、これらは注射後2~3日間見られており、それ以降は特に問題はないのである。

今やニュ-ヨークでは、2回目のワクチン注射をした人は、町中を自由にマスクをせずに闊歩しているのを聞いているのである。このようになるためには、やはり全国民が接種を行ってから得られる光景であろうと考えられているのである。今のところ、全国民にワクチン接種が行き渡り、抗体が十分に出来上がった際にはじめて自由になれるものと思う次第である。このようになれば、また各国が国から国へ自由に出入りできるものと確信できる。

ところで最近、英国やブラジルなどからの変異株である、N501Y, E484Kが導入されており、これらはかなり抵抗性があるとされている。これらの変異株は、人の動きと関係があり、ドイツ、フランス、英国などでは、折を見てロックダウンをしているのである。この事実は、日本でも同様の動きがあるものと思われるのである。ちょっと、基準を緩めるとそこへ人があふれてゆき、いわゆるクラスターが発生しているのである。やはり、日本でも連休が続いた時も、不要不急の外出自粛を守るように言われても外は快晴であり、出たくもなるのである。このように気分を抑えて家に閉じこもっていることは本当に耐え難いものである。フランスやオーストラリアなどでは、このような制約のある時には、外出すれば可なりの罰金が科せられたのである。このようなことをしない限り、人の動向を制御できないのである。今はコロナ禍の間最中であり、このままではどんどん感染者が増加傾向になっていくのである。

また、2021年は1年遅れの東京でのオリンピック・パラリンピックの開催が予定されているが、このような時期にバッハIOC会長は、5月17・18日に日本に来る予定であったが、橋本聖子JOC会長が、今は日本に来るべきではないと言っているようである。非観客下においても、何とかして開催したいものと考えているのであろう。とにかく、早く以前のごとく世界各国に自由に行けるようになりたいものである。そのためには、自由行動はせずに日本全体を見て行動しなければならないものと思う。それには、全国民が3密をさけて、マスク着用、手指の消毒、人の触ったドアノブなどの頻回な消毒、食事は離れて行うなどして過ごすのが、やはり原点ではなかろうかと思う次第である。

2020年はインフルエンザワクチンの接種を早く受けるようにしましょう

2020年はインフルエンザワクチンの接種を早く受けるようにしましょう

日本血管内治療学会 名誉理事長   岡 田 昌 義

2020年は新型コロナウイルス(COVID-19)が新しく入り、今や世界に猛威を振るって蔓延しているのです。これは1990年から発生している指定伝染病といわれているものであり、現在5代目の伝染病といわれているものです。まだ、これに対するワクチンはないのですが、早くできることを願っているところであります。

ところで、今年のインフルエンザは、このようなコロナ禍の最中であるためにこれに罹っているのか、インフルエンザなのかがわかりにくくなっているのです。インフルエンザは、1~2日の潜伏期があり、突然体温が38℃以上にあがり、これと同時に関節痛、頭痛、咳やくしゃみ、全身倦怠感が出てくるのです。このような状態であるので、一見普通の風邪と間違えられることもあるのです。しかし、異なっているのは突然の38℃以上の発熱であります。一方、コロナ禍は、1~2週間以上の潜伏期間があり、突然37.5℃以上の発熱が4日間以上続いた場合であります。もちろん、全身に表れる所見としては、発熱、空咳、疲労、息切れ、咽頭痛、頭痛などが現れますが、くしゃみ、鼻水、のどの上気道感染は少ないのです。この辺がインフルエンザとの大きな違いです。さらに、インフルエンザの診断は、迅速診断キッドを使用して、綿棒を鼻の中に入れて奥の粘液をキッドにぬり付けて、薬液が反応して一筋の線が現れると、これが陽性になるのです。これになりますと、タミフルカプセル(1錠75㎎)を1日に2カプセル服用し、5日間で治療が終了するのです。また、新型コロナでは、胸部X線写真とCT検査を取りますと、CTでは湿潤を伴うすりガラス状に陰影が確認されるようになり診断ができるのです。以上のようなことから、インフルエンザが流行る毎年12月から2月までの間にワクチンを接種する方が良いといわれております。とくに、65歳以上の高齢者や9歳以下の小児に多く発生しているので、この両者の群では早くワクチンをしておくのが良いとされています。したがって、本来予防を行うのに最も大切な年代は、高齢者と小児なのであります。ところが、この年代層は、このように元気であるからその必要がないと思って、予防注射をしていないケースがかなり多いのです。このワクチンの接種は、自分のためのものであり、また人のためでもあるのです。このインフルワクチンは、新型コロナウイルスには効果がないのですが、肺炎を起こしやすい両方にかかるダブルパンチを防ぐ効果はあるといえましょう。インフルエンザは、空気感染、接触感染、飛沫感染で発生しますので、3密をさけて、「マスク」、「うがい」、「手洗い」、「ドアノブ」などの人の触るところを消毒することによってインフルエンザや新型コロナウイルスへの効果は十分にあると思います。

新型コロナウイルス感染症における注意事項とその対策

新型コロナウイルス感染症における注意事項とその対策

 

日本血管内治療学会 名誉理事長   岡 田 昌 義

 

「新型コロナウイルス感染症は、2020年1月28日に指定感染症となりました。1999年に指定された感染症の一つになるのです。

今までにこのような感染は、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2006年のH5N1型鳥インフルエンザ、2013年のH7N9型鳥インフルエンザ、2014年の中東呼吸器症候群(MERS)などがありますが、これらは何とかくりぬけて今回の新型コロナウイルスが5回目となります。

このウイルスは、SARS, MERSと同じβコロナウイルスに分類されて動物由来のウイルスと判明したのですが、宿主動物は現在不明であります。

このウイルスは、COVID-19と呼ばれていますが、このウイルスの周りにある突起が王冠のように見えるので、ギリシャ語でコロナと名づけられたのです。

それでは本症に罹ればどのような症状がでてくるのでしょうか。多くの症例では、発熱、咳、痰、鼻汁、鼻閉、頭痛、倦怠感などがみられるのです。

初期症状は、インフルエンザや感冒に似ており,この時期ではCOVID-19との鑑別は極めて困難であります。また、本症の重症化する因子としては、高齢者、何らかの基礎疾患(心臓病、糖尿病、悪性腫瘍、慢性呼吸器疾患など)があれば、ない人よりも重症化になりやすいのです。また、年齢的にも50歳代以降では、重症化になりやすいのです。

さて、最近の患者数を見ましても、大都会ではまだ底数が減少しておらず、警報が再度言われているのです。いわゆる、第2波の到来というべきものと思われるのです。

最近では、若者の動きが緩和されたことにより動きがかなり拡大して、夜の会食、宴会などによりその感染者数は増加しております。ここで3蜜(蜜閉、蜜集、蜜接)を避けようということが言われました。これはWHOからも発せられたのであります。

すなわち、①寒気の悪い蜜閉空間、②人が多数集まる蜜集場所、③まじかで会話や発生をする蜜接場所を避けるべきであるという勧告が出されたのです。それ以来、人は誰しもこれらに従って行動を共にしているのであります。①closed spaces,② crowded places,③Closed contact settings などが、英語で表現されているのです。

このような人が集まるところでは、必ずマスクをして、手洗いをして、アルコールで消毒も行い、人と人との間隔は、フィジカルデイスタンス(6フィート,約1.8m)離れて話をするのが望ましく、換気も重要とされております。また、横の人との間には透明なアクリル板で区切りを置くようになっているのであります。

最終的には、用事がない限り外出を避けて家にじっといる方がベターというわけです。しかし、新型コロナウイルス禍による肥満にはならないように注意が必要なのであります。

新型コロナウイルス感染症に対する予防とその対策はどこまでできるか

新型コロナウイルス感染症に対する予防とその対策はどこまでできるか

 

日本血管内治療学会 名誉理事長   岡 田 昌 義

 

2003年に重症急性呼吸器症候群が、また2012年に中東呼吸器症候群がコロナウイルスとして流行ったが、これが収束して2019年12月に中国の武漢で今度は今までとは異なる新型コロナウイルスがはやり、現在はこれが猛威を振るい世界的に、いわゆるパンデミック的に流行している。

イギリスのチャールズ皇太子やジョンソン首相、わが国では男優の志村けん氏、岡江久美子氏、外交評論家の岡本行夫氏、大相撲の勝武士氏など若い人も罹り、日本人の方々は残念ながら亡くなられたのである。

さて、本症には、二つの感染経路がある。その一つは、飛沫感染であり、くしゃみや咳が出て少し風邪気味の症状がでてくる。二つ目は、接触感染である。電車のつり革、ドアのノブ、エスカレーター、エレベーターや電気のスウィッチなどからのウイルス感染である。

これらを基本にして守っていけば、すなわち、これらを避けるようにすれば良いということになる。このためには、常にマスクをかけて行動を行うのが良い。そして3蜜(蜜閉、蜜集、蜜接)を避けるようにすれば良いことになる。それには、換気をよくすること、多くの人との会話は避ける、他人と少し距離を開けて行動をする(フィジカル・ジスタンス)などを守れば良いことになる。

このようなことを守るために外出を避ける方が良いということになる。

そして手洗いを行うことも大切なことであるが、この他にもアルコールで消毒をすることも重要な要素になっている。これも人が触るドアノブやエレベーターの押しボタンや電気のスウィッチを何回も消毒をすることにつきると思う次第である。

これらは家にいるとそこまでやらなくても良いということになるが、外では至る所に新型コロナウイルスが付いて回ることになり、家などでできる動作では追つかなくなる。

新型コロナウイルスの撲滅のために、現在その予防法に関して、ワクチンや身体への抵抗性などの研究が進んでいるが、それがいつ収束するかは、まだわかっていない。現在、アビガンやレムデシベルなどが、試験的に応用されているのであるが、その効用はまだ定かではない。もう少しの時間が必要ではないかと考えられる。

このように世界に猛威を振るった新型コロナウイルスは、現在、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学からのヨーロッパを中心とした集計を見ると、2020年5月16日では、感染者が455万4,798人であるが、この内30万7,903人が死亡しているのである。ちなみに、医学の先進国であるドイツでは、感染者は17万5,233人中、7,913人が死亡しており、ヨーロッパでの第8位を占めている。中でも第1位を占めているのが、アメリカであり、144万4,798人中、死亡は8万7,568人となっている。それほど多くの人が死亡しているのは、その感染源となっている新型コロナウイルスの本体をもっと正しく追い詰めることと、それに対応できる人間の生活様式の変遷にあると思う次第である。

ドクター岡田の健康談話室 2019年神戸ルミナリエ

2019年に開催された神戸ルミナリエに参加して思ったことなど

日本血管内治療学会名誉理事長    岡 田 昌 義

令和元年12月8日(日)に鹿児島県で開催された日本統合医療学会が終了したのでその帰路に神戸で開催されている神戸ルミナリエを見学してきた。最初の日曜日とあって、会場は人、人の流れの中で元町からの長い人の行列の中で見るありさまであった。途中で、スマホやカメラをもって輝かしい光の祭典を撮りまくる人の流れをみた。それはゆっくりと進んだのであった。その飾りの時間帯は、月曜日から木曜日までは、18:00⁻21:30、金曜日は18:00⁻22:00まで、日曜日は、17:00⁻21:30までとなっていた。最初の仲町通の作品は、長さ約270mもあり、フロント-ネと呼ばれ、高さ約22mと大きく巨大な3連門状であった。
今年は神戸ルミナリエ
も25年目になり、特別の演出として、最初の大震災で崩壊した鎮魂とその復興を計るという心構えで、メモリアルゾーンとして第1回目も使用した白熱電気による作品を展示したのである。
次いで、東遊園地においては、光の聖堂(カッツァルモ二カ)を包み込んだ高さ約21mの巨大なドーム状の作品を提示し、これを四方に配置した光の尖塔が光の壁掛けをドーム状に保持するように宮殿のような空間を作り出している。これの製作者のイタリアのダニエル・モンテベルデ氏は、
“Da 25anni, guidati dalle luci della peranza” は、25年前の記憶と失った人々の思い出を胸にして、私たちの夢と希望を伝えるために、と述べている。
人の流れに聞こえる音楽は、レクエムである。
また、いたるところに寄付の賽銭箱がいたるところに見られたが、これはこれだけのものが「ただ」で見られるのは、もったいないという神戸市民の声があるからである。このような企画は、一事は危機に見舞われていたのであるが、これはJR西日本、阪急電車、阪神電車、兵庫県、神戸市、多くの銀行などがスポンサーとなっていたのであるが、これらの多くのスポンサーがあっても、なお多くの赤字が続いたのである。ところが、神戸ルミナリエの宝くじを発売したところ、これが多くの財を成し,約7億円近くの収入を得ることにまで成功したのである。これは実に見事なものであった。それで神戸ルミナリエが今日まで継続していることの証となっている。
今や、夜店的な店は、一か所に纏めらており、郵便局やこれに関する店屋が軒を綱れている。最終的には、開催されて以来、10日の間に約3469000名が訪れたということになっている。もちろん、神戸市民のほか、他府県からもバスや電車、自家用車で来ていることは十分に考えられる。また、来年も多くの人であふれることは、まず間違いがないといえよう。毎年のように出し物にも工夫が加わっているのでまた、来年も行く予定をしている。

ドクター岡田の健康談話室 神戸ルミナリエ

2018年第24回神戸ルミナリエは、輝く51万個の電飾光で飾り立てられた

 

   日本血管内治療学会理事長     岡 田 昌 義

 

2018年12月7日―16日の10日間、今年は51万個という煌びやかな電飾光で神戸ルミナリエが飾られたのである。これは2015年から財政的な理由から10日間開催されることになっているのである。JRの元町で下車して、三ノ宮までの1方通行であるが、道幅一般に広がってゆっくりと歩くのであるが、スマホやカメラを片手に持ち、友達や家族連れ、会社の帰りに人、恋人などいろんな人がゆっくりと歩いているのである。わき道からこの流れに入ることは非常に困難である。

今までの最高の開催日は14日間であったのであるが、これは電気代や設備費などが予想外に多くなっている関係上、経済的には10日間が良いということになったのである。月曜日から木曜日は、18:00-21:30、金曜日は、18:00-22:00、土曜日は、17:00-22:00、日曜日は、17:00-21:30まで、華やかな電光が輝いているのである。今年はその電光は51万個という今までにない最大の個数を取り入れてみる人の眼を釘づけにしているのである。

神戸ルミナリエは、約270mわたる「フロント―ネ」から、京町筋交差点の約50mにわたり、天井の作品「ガレリアコペルタ」が存在しているのである。

(写真1)フロントーネ

その後は仲町通りのおわりは、「ガレリア」が明るく、回廊に続いているのである。東遊園地での作品は、光の壁掛「スパツリエラ」と光の聖堂「カッサ・アレモニカ」が芝生広場を包み込んでいるのである。

(写真2)スパッリエラとカッサ・アレモニカ

また、噴水公園で遊園地の南側には、円形状の「スパツリエラ」があり、音楽に合わせて光が躍動して夢のような楽しい会場の雰囲気を醸し出しているのである。さらに、今年は、兵庫県政150周年の年でもあり、アピールをした電光掲示板も見受けられたのである。私は、毎年飽きもせず、見ているのであるが、毎年電飾のデコレーションが変化しており、電光の数もLEDの電飾光を今年は、51万個も使用しているのである。また、これを見るために地元の人はもとより、全国からいろんな乗り物を使用して神戸の地まで来てこれを堪能しているのである。

今年の来場者は、3426000人であり、鎮魂とともに1日も早い回復を祈っての最初のころからの希望と回復を祈っていたころと比較して、人数は減少しているのである。今までの最高に多い参会者は、2004年の5383000人であり、現在はもう何回も見たので良いかという人も見られ、100万も減少しているのである。毎年、電光はLEDとなり、派手になっているのであるが、費用が増大している割には参会者が減少しており、今や一人100円の募金をお願いしていることになっているのである。これからも継続していくことは間違いと思われるが、来年もさらなる発展が望まれることになることは間違いのないことと思われる。

ドクター岡田の健康談話室 第4回 日独血管外科学会

20年間継続している活発な日独血管外科学会の盛況振りについて

         日本血管内治療学会理事長      岡 田 昌 義

2018年8月16日―18日まで、第10回日独血管外科学会がフランクフルトのHotel Schloss Rettershof でフランクフルト北西病院の血管外科部長、Prof.Dr.Max Zegelman が会長で執り行われた。会場は、ターヌス(Tanus)山の頂上にあるお城であり、この城は1146年に修道院から端を発しており、第二次大戦後にはアメリカ軍に一時摂取されていたところでもあった。ここで2泊して、この会場の3階が学会場にあれられていたのである。まず、8月16日の午後8時から10時までの間、ドイツや日本人同士がこのお城の前庭に集まり、バーベキューが始まった、そこでは会長の挨拶があり、ようこそこそお城の宿に来てくれたありがとうという挨拶で始まったのである。ここへはフランクフルトの中央駅からタクシーしか交通の便がないのである。約40kmの距離にある風光明媚なところである。時間が近づくと三々五々人が集まり、お互いが挨拶をして回るという風景になった。ホテルの人がバーべキューの仕込みをしておりわれわれは焼いたものを食べるだけであった。ビール、ワイン、を中心に食欲がどんどん上がり、その晩は初めて夜空に無数の星を眺めることができたのである。空は真っ黒、きれいな星が町の中では見られないような夜空を観察することができたのである。

〈図1〉バーベキューによる宴席

8月17日(金)は、朝9時15分から受けの開始が始まり、9時45分から、ドイツ血管外科会長であるProf.Dr.Thomas Schmitz-Rixenが挨拶をされたのである。現在は、フランクフルト大学血管外科の教授をしているのであるが、現在ドイツ血管外科学会をしているのでドイツを代表しての挨拶であった。次いで、フランクフルト北西病院の総長であるTobias Gottschalk氏から、挨拶があったが、うちの血管外科のProf.Dr.Zegelman 氏を会長に選んでいただきまして有難うございましたという本当に丁寧な挨拶を頂いたのである。そして次がこの日独血菅外科学会の創設者である岡田昌義が挨拶をしたのである。この学会の公用語は英語であったが、あえてここはドイツ語で挨拶をしたのである。1989年12月に初めて神戸で第1回日独血管外科学会を開催したのである。これは非常に有意義な学会であった。この際、ドイツからは、Dr.Müller-Wiefel, Dr.Rühland, Dr.Raithel,日本からはDr.三島、Dr.坂口、Dr.勝村と私がこの発起委員会に出席し、会則に調印したのである。

そしてこの学会は、2年に一度ドイツと日本で交互に行うこととして、公用語は英語としたのである。その後時代は進み、日本側は3回目はDr.古謝、5回目はDr.太田、7回目はDr.福田、9回目はDr.末田教授などが担当し、ドイツ側は、2回目は、Dr.Imig, 4回目はDr.Raithel, Dr.Noppeney,6回目はDr.Brachmann,8回目はDr.Storck,10回目はDr.Zegelman教授連であり、この間20年間の歳月がながれているのである。いつの時代にあっても、ドイツと日本が共同に演題を出しあって共通の話題に話を絞ろうというのも大きな話題となっている。

さて、今回の第10回のプログラムを見てみると、ドイツからは14題の演題が、日本からは27演題、総計41演題が登録されていたのである。いずれも時代に沿った演題であり、何れも学問的に興味のある演題であった。大動脈瘤に対するステント留置術やこれの2分割するステント療法の意義などを加味した演題も見られた。また、ステントグラフト留置後の消化管との合併症などもあり、問題点も多くあったが、それなりに円滑に処理された報告も見られたのである。とくに今回は若い人の発表が増加していたのである。これは将来的にも大いに期待ができるものである。

図2日独血管外科学会の風景

図3日独血管外科による昼食会

第1目が終了した時点で18時からは、バスにてフランクフルトの町へ出たのであるが、途中でHessenparken に立ち寄り、いろんな建物や郷土の仕事ぶりや産業などのデモンストレションなどが行われているところに出向いたのである。民家や学校や教会などがあり、そのシステムが決まっており、当時の社会の状態がわかるのであった。

〈図4〉「Hessenpark」でのガイドによる説明会

また、産業などの発表も見られたのであるが、ほとんどの産物は、毛糸からできるマフラーや手袋などのいろんなバリエ―ションが製品と並べてあり、売られていたのである。夜の20時から、あるビール館に入って、そこで夜食を取ったのである。いわゆるドイツ料理というべき肉料理、ソーセージ、ジャガイモ野菜などのほか、ビール、ワイン、ジュースなどいろんなものが出され、全員は22時まで食べ続け、暑い環境の中で過ごし、バスにて帰路についた。ホテルは、冷房付きでとても涼しくほっとしたのである。翌2日目は、8時15分から発表が始まったのであるが、ドイツ人はほとんど出ていたのであるが、日本人は比較的少ないように見えたのである。午後3時までにすべての演題の発表が終了した後に午後15時から、バスにてフランクフルトに出て送別会が会長の友人が持っている酒場で開かれた。そこには学会以外のドイツ人が沢山来てくれていたのである。これらの中で心臓移植を専門としている女医さんと話が弾んだ。その人は、ご主人が血管外科医であるが、奥様が心臓外科医ということであった。

〈図5〉心臓移植外科医の奥様と共に

そこで話が弾んだのであるが、現在までに140例の心臓移植を行ったが、その成績は日本の成績よりも少し悪い状態であった。それは免疫抑制剤の使用方法がかなり関係しているようであった。このようなことはヨーロッパ圏内ではオランダにそのドナ―バンクがあるが、なかなかその需要と供給があまりうまくいっていないことにもよるものであった。

このような話をしているうちに時間がどんどん過ぎて行ってしまったのである。また、バスにてホテルまで戻り、最後の夜を過ごしたのであった。翌朝、朝食をしていると、会長のProf.Dr.Zegelman がやってきて、ここに座ってもよいかというのでどうぞと席を進めたのである。

(図6)会長とともに

また、しばらくすると、Dr.Noppeneyが来て、ここに座ってもよいかと聞いたので、どうぞというと彼はそこに座ったのである。ここのように人が入れ替わり、いろんな人と朝食をしながら、楽しい日々を過ごしたのである。このように短期間ではあったが、日独の友好のきずなが築かれたのである。

ドクター岡田の健康談話室第3回  第31回日本レーザー医学界

31回日本レーザー医学会関西地方会が土佐の高知で開催される

 

2018年7月21日(土)、土佐の高知での学会であり、朝早くから出かけたのである。

この日も快晴であり、とにかく暑くてたまらないくらいである。大阪の伊丹空港からの出発であったが、朝早くから乗客は集まっていた。DHCのプロペラ機であり、満席であった。

約45分のフライトではあったが、四国山脈の広さを存分に味わったのである。午前8時20分の定刻に高知竜馬空港に着いたのである。そこから会場の「高知市文化プラザかるぽーと」までバスにて移動し、ようやく会長にお目にかっかったのである。学会場には、朝早くからの出勤であるため、前日から2泊をするものもいたのである。

学会のプログラムを見ると、表紙には山内一豊の騎馬像と高知城が合成写真で入っており、これには誰しもが頷いたものと思われるのである。

<図1:山内一豊の騎馬像>

高知県と言えば、まず坂本竜馬が浮かび上がるのであるが、この表紙のごとく山内一豊を取る人もあるのである。そこでまず、山内一豊氏について,書いてみたいと思う。

戦国時代から江戸前期にかけての武将であり、大名である。土佐藩初代藩主であり、家紋は、三つ柏紋である。父は、山内盛豊、母は、法秀泥、であり、6人の兄弟があった。正室は見性院であり、与弥という長女がいたのである。

豊臣秀吉、徳川家康らに仕えて、関ヶ原の戦いの小山定評において徳川方に従った功績により、土佐国9万8千石が与えられ、その後高直しによって、20万2600石に加増されたのである。

さて、ときは1577年播磨国有年(兵庫県赤穂市内)を中心に2000石を領した。その後も秀吉の中国地方経路にも加わり、播磨の三木城をめぐる戦いや因幡の鳥取城包囲や高松城水攻めなどの多くのものに参戦しているのである。

天性9年(1581年)の馬揃えの歳には、妻が蓄えていた黄金で白馬を買って夫に武士の面目を施させたという美談があるのである。

<図2:高知城>

<図3:山内一豊の妻>

この話は後世に受け継がれているのである。

豊臣秀吉の死後慶長5年(1600)には、五大老の徳川家康に従って会津の上杉景勝の討伐に参加したのである。その後石田三成らが挙兵すると、一豊は下野国小山における軍議で諸将が東軍西軍への去就に迷う中、真っ先に自分の居城である掛川城を家康に提供すると発言してその歓心を買って東軍に力を注いだのである。このように高知平野内の大高坂山に統治の中心とする高知城を築城して、城下町の整備を行ったのである。

領民に対して,食中毒をきずかって鰹を刺身で食べるのではなく、その表面のみを炙って食することを始めたのである。これが今でいう、「鰹の叩き」というものである。このように高知城には、あまり知られていないような歴史的な話が沢山あるのである。

ドクター岡田の健康談話室 第2回 熱中症とは、一体何か

熱中症とは、一体何か ―その原因と対策について―

 

通常、体温は36.5度であるのが普通ですが、これがいつの間にか37度や38度にも挙がっていることがあります。これらは明らかに異常な状態であります。

また、最近では、6月、7月の日中の温度が35度以上に足していることがあります。これは、まさに真夏日ということになります。熱中症とは、まさに体温の上昇とともに、発汗などの体温調節のバランスが崩れ、次第に体に熱が溜まっていく状態なのです。

軽症であれば

1)手足がしびれる

2)めまいや立ち眩みがする

3)筋肉がこわばる

4)気分が悪い、などがみられ

さらに中等度になれば

①吐き気がする

②頭が痛い

③体がだるい

重症になれば

ⅰ)身体がひきつる

ⅱ)呼びかけに応じない

ⅲ)まっすぐ歩けない

ⅳ)体が熱い

などの症状が見られるようになります。とくに、高齢者には、体内の水分が不足しがちになっており、暑さに対する感覚が低下しているのです。さらに、体温の調節機能が低下しているのも大きな特徴だといえるのです。

したがって、汗をかいたら水分だけではなく、塩分も忘れることなく取るようにしたいものです。

春や秋などの気候の良いときには、1日に1000mlほど余分にとることが必要となるのです。

また、暑い夏には、1日に2000mlの水分と塩分を含んだもの(スポーツドリンクなど)を通常の食事以外に取るようにすることも必要となるのです。

また、外室するときには、日傘や帽子をかぶり、涼しい服装に身をまとい、水分を取ることをきっちりとすることが大切であります。

さらに、屋外では激しい運動をする場合や長時間屋外で仕事をする場合には、こまめに休憩をとり、水分も十分にとることが必要になります。

もしも、熱中症にかかったならば、軽症の場合には、涼しい所に移動して休むのが良いでしょう。

中等度以上になれば、然るべき病院や医院に行って、点滴を受けるのが良いと考えます。

とにかく、水分の補給が必要となるので、それぞれに見合った水分の補給が行われるべきだと思う次第であります。

ところが、こまめに水分を取り過ぎたがために、それでお腹が一杯になり、食事に支障をきたすようなことがあってはなりません。やはり、1日には3回バランスの取れた食事を取ることによって、元気はつらつと,いられるようになるので、この辺は十分に留意しておくことが不可欠だと思う次第であります。最近の夏場においては、家の中にいても熱中症の危険性が常にありますので、この辺は常に注意してくことが不可欠であります。

夏場はこのように温度の観念が余りはっきりしないので、家の中でもクーラ―(28度)を入れたりして、外気温を考慮しながら、その温度差に注意しておきたいものであります。とくに、高齢者の住む家の中が最も心配なのであります。

ドクター岡田の健康談話室第1回 健康寿命を延伸するために・・・ 

健康寿命を延伸するために、どのような生活をしておけばよいのか

 

今やわが国は、世界に誇る長寿国となりましたが、その平均寿命は男性では80.98歳、女性のそれは87.14歳であります。これは本当におめでたいのでありますが、その反面多くの疾患が存在しているのであります。

現在、健康寿命と平均寿命の間に大な開きがあり、健康寿命を何とかして延伸させようとしているのが、目下の標的となっているのであります。

現在の健康寿命は、男性は72.10歳、女性のそれは74.79歳であり、平均寿命とは,男性では8歳、女性では13歳もの開きがあります。目下、この開きを是正することが今後に課せられた大きな問題であると思います。

この健康寿命というのは、自分のことは自分一人で何でもできることであり、他人の助けを必要としないことであります。これと平均寿命とは、大きく開きのあることが、今もって十分に頷けるものであります。

さて、年齢とともに次第に衰えていく筋肉は、20歳~30歳でピークに発達しますが、さらに40歳代、70歳代になりますと、筋肉量は30%~40%も減少することが証明されているのです。

ところが、年齢とは関係なく筋肉量を保持しながら、増加させることができるのです。それには、タンパク質と運動量の組み合わせによってできるものであることがわかっております。

また、老化は足から始まるということが言われておりますが、これはまさしく該当しており、足の運動をすることから始めるのが良いということになります。

これには栄養素として、タンパク質が不可欠であります。体重1kgあたりに必要なタンパク質は、1.2~1.4gであります。しかし、腎臓の悪い方は、制限する必要があります。

足を鍛えるには、お尻を引き締めることが必要ですが、スクワットを第1に考えて行ってください。すなわち、椅子に座って背筋を伸ばした形でゆっくりと足を開いたままで立ち上がり、1秒間停止した後にゆっくりと再び椅子に戻るハーフスクワットを1日に20回ぐらいから始めるのが良いと思います。

食料として、肉や魚を平均して取る場合には、100g食べると約20gもタンパク質が摂取されるのです。さらに、これに加えて副菜に豆腐などの大豆製品を加えれば、1食25g以上のタンパク質が摂取されるのです。

このように加齢とともに起こってくる筋力の低下は、著しく表れてくるのでそれに見合うべく筋力の回復を目標に適当な運動や、バランスの取れた栄養分が不可欠になるのであります。

何はともあれ、筋力の低下には肉、魚などのタンパク質の摂取をはじめ、適度の運動を励行すべきであると思う次第であります。